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名古屋地方裁判所 昭和63年(行ウ)16号 判決 1992年4月27日

原告

赤帽なんぶ運送こと

南部長洋

右訴訟代理人弁護士

竹内平

長谷川一裕

西尾弘美

竹内浩史

被告

熱田税務署長

長谷正二

右指定代理人

佐々木知子

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年三月五日付でした原告の昭和六〇年分の所得税に関する更正のうち総所得金額が金一一七万六〇〇〇円を超えるとしてされた部分及び同過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、一般貨物自動車運送業を営む者であるが、昭和六〇年分の所得税について、被告に対し、別紙一の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、同更正処分欄記載のとおり更正処分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件決定」といい、本件更正と合わせて「本件各処分」という。)をした。そこで、原告は被告に対し、同異議申立て欄記載のとおり異議申立てをしたが、同異議決定欄記載のとおりいずれも棄却されたので、同審査請求欄記載のとおり国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、同審査裁決欄記載のとおりこれをいずれも棄却する裁決をした。

2  本件各処分は、原告の確定申告額を超える部分について原告の所得を過大に認定してされたものであり、また、その基礎となった一般経費の額の推計は、推計の必要性も合理性も欠くものである。

3  よって、本件更正のうち課税総所得金額が原告の確定申告額である一一七万六〇〇〇円を超えるとしてされた部分及び本件決定の各取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2及び同3は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分の根拠について

原告の昭和六〇年分の所得は事業所得のみであるところ、右事業所得の内訳は以下のとおりである。

(一) 総収入金額 五四一万九四九〇円

右金額は、原告の取引先である赤帽愛知県軽自動車運送協同組合(以下「組合」という。)等に対する原告の売上金額(実額)であり、その内訳は別紙二記載のとおりである。

(二) 必要経費 二七二万八一七二円

(1) 右金額は、原告の事業に係る必要経費に算入すべき金額を実額で把握できないため、これを推計で求めたものであり、前記(一)の総収入金額五四一万九四九〇円に、別紙三記載の類似同業者の昭和六〇年分の経費率(当該業者の経費の額を同総収入金額で除した結果の数値)の平均値0.5034を乗じて算出した(以下右推計方法を「本件推計方法」という。)ものである。

(2) 推計の必要性

被告係官は、昭和六一年一一月一四日所得税調査のため原告方に赴いたところ原告が不在であったため、同月二九日、再度原告方に赴き、原告に対し、所得税調査のため来訪した旨を告げて昭和六〇年分の所得金額の算定に必要な帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、「保存していない。」旨返答し、「開業して一年程度しか経っていないのに何故調査するのか。」などと繰り返し述べるのみで調査に応じようとしなかった上、その後、昭和六二年三月五日の本件各処分に至るまでの間、被告係官が原告に対し合計四回にわたり所得税調査に協力するよう申し入れたのに対し、前同様にこれに応じようとしなかった。このように原告が所得税調査に全く協力せず、被告が原告の所得金額を実額で把握することが不可能な状況であったので、被告は、可能な限りの調査をした上で、やむなく必要経費に算入すべき金額について推計をしたものである。

(3) 推計の合理性

イ 類似同業者の選定の合理性

本件推計方法に用いた類似同業者は、別紙四の抽出基準(以下「本件抽出基準」という。)により選定されたものであり、これらにより抽出された類似同業者の経費率は別紙三のとおりである。

本件抽出基準は、業種、業態、所在地、事業規模、開業時期等の通常所得金額を左右すると思われる重要な要素において原告と一致ないし類似するように設定されたものであり、かつ、その資料としての正確性及び算定比率の信頼性を確保する上での限定をも付したものであって、十分合理性のあるものである。

ロ 必要経費に算入すべき金額を当該業者の総収入金額に類似同業者の経費率の平均値を乗じて算出する推計方法は、合理的な推計方法である。

2  本件更正の適法性

原告の昭和六〇年分の総所得金額は、前記1(一)の総収入金額五四一万九四九〇円から同(二)の必要経費二七二万八一七二円を差し引いた事業所得金額二六九万一三一八円と同額であるところ、本件更正は右総所得金額をこれより少ない二三三万円と認定してされたものであるから、適法である。

3  本件決定の適法性

本件決定は、原告が昭和六〇年分につき前記のとおりの総所得金額があるにもかかわらず、これを下回る額の所得申告をしたことから、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)の規定に基づき、本件更正により納付すべき税額(同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた金額)一四万円に一〇〇分の五の割合を乗じ(同法一一九条四項(前記改正前のもの)の規定により一〇〇円未満の端数を切捨て)て得た七〇〇〇円を賦課決定したものであり、適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1について、柱書部分のうち原告の昭和六〇年分の所得が事業所得のみであることは認め、(一)の事実は認め、(二)は否認ないし争う。原告の昭和六〇年分の必要経費に算入すべき金額は、後記原告の主張2のとおり、四二八万三三八三円である。ただし、被告係官が昭和六一年一一月一四日及び同月二九日に原告方に来た事実は認める。

2  同2及び同3は争う。

五  原告の主張

1  推計の必要性の不存在

本件における税務調査手続は、質問検査権の行使が、そのために要求される高度に限定された必要性が存在していないにもかかわらずされたこと、反面調査が、納税者本人に対する調査だけでは所得を究明できないことが明らかな場合にその限度でのみ許されるといういわゆる補充性に反して行われたこと、調査前に開示されるき調査理由が開示されていないこと、及び調査に当たりされるべき事前の通知がされていないことにより違法と解すべきものである。また、本件調査及び本件各処分は、原告が民主商工会の会員であることに注目し、その納税者としての権利を侵害することを動機としたものである。

原告は、被告の調査に基本的には応じつつあったが、被告職員が原告に対して法を守って対応しようとしなかったため、帳面、領収書等文書の提出をしなかったものにすぎず、右提出がされなかったからといって推計の必要性があるということはできない。

2  推計の合理性の欠如

(一) 類似同業者の選定について

(1) 事業規模及び業態については使用車両台数、従業員数等が重要な要素となるが、本件抽出基準はこの点を全く考慮していない。

(2) 組合からの仕事については、いったん組合の事務所(愛知県下では、名古屋市千種区春岡通、岡崎市、豊橋市及び小牧市に置かれている。)において待機して仕事を受けるというシステムであるので、右事務所から業者の事業所への距離により燃料費、高速道路料金等に違いが生じる。したがって、地域性を考慮するに当たっては、本件抽出基準のように原告の事業所所在地を管轄する熱田税務署とその近隣六署管内の業者を対象にするだけでは足りず、組合の事務所との距離をも考慮すべきであるのに、本件抽出基準はこの点が欠けている。

(3) 本件抽出基準によれば、実質的に開業二年目の同業者を抽出する可能性があるが、昭和六〇年は実質的に原告の開業一年目である。

(4) 各税務署に対する本件抽出基準による類似同業者抽出の指示は、本件訴訟提起後の昭和六三年九月二二日にされており、恣意的選択の疑いを否定できない。

(二) 本件推計方法について

平均値に基づく推計を行う場合には、平均値が必ずしも個々のケースを代表するものではないことを念頭において個々のケースについて十分な検討がされる必要があり、個々のデータのばらつきが大きいときは、特にその原因に対する合理的な分析が必要であるところ、被告主張の類似同業者のうち別紙三記載の半田ア、刈谷ア及び西尾アはその収入金額がほぼ同水準であるにもかかわらず、経費率の差が0.1518もあり、このことは個々の業務実態、事業主の手腕、経営方針等によって経費率が大きく変動することを示しており、また、同熱田アと刈谷アでは経費率が0.3503と0.6120と二倍近くもばらつきがあるのであるから、このような場合には、一つ一つの経費率の内容を検討することなしに単純に平均値をとって課税の根拠とすることには合理性がない。

(三) 被告は、被告主張の類似同業者の住所、氏名等を秘匿しているが、これでは果たしてそのような業者が存在するか否かについてさえ確認することができないばかりか、正確公正な抽出がされず、訴訟上被告に有利な資料のみが選択される可能性があり、また、原告の反証がほとんど不可能になるので、当事者衡平の見地からも訴訟における信義則の面からも許されない。被告としては守秘義務違反とならない手法で推計をすべきものであり、本件推計方法は、その批判的検討をなし得ないもので民主的な合理性を担保できないのであるから、このような方法で国民の義務を定めることはできない。

(四) 被告は、本件各処分当時、開業時期等を考慮しないで類似同業者を抽出していたが、本件訴訟後に類似同業者の抽出基準を改め、別の業者を類似同業者として抽出している。このことは、本件推計方法ないし本件抽出基準の恣意性を示すものである。

3  事業所得の実額

(一) 総収入金額 五四一万九四九〇円

原告の昭和六〇年度の収入金額及びその内訳は、三(被告の主張)の1(一)記載のとおりであり、かつ、これに尽きるものである。すなわち、昭和六〇年度は実質的に開業初年度であるので、組合のほかには原告に運送を依頼する顧客は極めて限定されており、わずかに同年一〇月頃以降に別紙二の2ないし9記載の組合以外の仕事が受注できるようになったものにすぎず、そのほかの顧客あるいは現金で代金を受け取った売上げは事実上皆無に等しい。

(二) 必要経費 四三一万一四三〇円

(1) 一般経費

イ 原告保有の事業用自動車の自動車税 三〇〇〇円

ロ 水光熱費等 合計一三万六四七三円

住居と事務所が兼用であるため、住居兼事務所に使用した以下のものの代金額の各二分の一の合計

a ガス代 九万四九四八円(内訳は別紙五記載のとおり)

b 水道料金 四万二六〇〇円(内訳は別紙六記載のとおり)

c 電気代 一三万五三九八円(内訳は別紙七記載のとおり)

ハ 通信費 合計一九万一五八一円

a 業務無線レンタル料

一〇万四四〇〇円(月額八七〇〇円)

b ポケットベルリース料

三万四六五〇円(月額三一五〇円)

c 電話代 五万二五三一円

住居兼事務所の電話代七万五〇四五円の七割が事業用として使用したものである。

ニ 接待交際費 五〇万円

挨拶回りの際の粗品、お中元、お歳暮等の贈答品及び組合以外の荷主に対する接待経費である。

ホ 広告宣伝費

組合以外の荷主、知人等に宣伝目的で無料配布した原告の商号入りのタオル、ミニカー(二万一〇六〇円)等、看板(一万一〇〇〇円のものほか五、六万円)、事務所に設置した行燈(六〇〇〇円)、チラシ(三万円)、名刺(六〇〇〇円)等の作成費用等である。

ヘ 損害保険料 八万一六〇〇円

原告の事業用車両についての損害保険の保険料額である。

ト 消耗品費 五万円

組合から購入した業務用の伝票、ポロシャツ等の購入費用等である。

チ 福利厚生費 三〇万円

電話番をした原告の長女後藤広美に提供した食事の経費(一日当たり平均一〇〇〇円相当で、一か月当たり平均二五日分)

リ 組合の研修費 五〇〇〇円

ヌ 組合費等 合計一六万九〇〇〇円

a 組合費 一〇万八〇〇〇円(月額九〇〇〇円)

b 全国赤帽軽自動車運送協同組合連合会費

一万二〇〇〇円(月額一〇〇〇円)

c 共済会費

一万八〇〇〇円(月額一五〇〇円)

d 民主商工会費 三万一〇〇〇円

ル 車両維持費 合計九五万円

a ガソリン代等 八〇万円(そのうち、領収書のあるものは別紙八記載のとおりで合計六四万〇三一五円である。)

b 車両修繕費 一五万円

ヲ 旅費交通費 三〇万円

顧客から徴収できない復路の高速道路料金等。このうち、領収書のあるものの支出明細は別紙九記載のとおりである。

ワ 組合に支払った配車料 四〇万五七〇六円

(2) 特別経費

イ 給料 三六万円

後藤広美に対して支払った給料(月額三万円)

ロ 外注費 一五万円

原告が委託を受けた運送業務を他の赤帽運送業者に委託した場合の費用である。

ハ 地代、家賃 合計一九万八九〇〇円

a 事務所賃料 一五万六九〇〇円

住居兼居宅の賃料(共益費を含む。)の賃料合計三一万三八〇〇円の二分の一である。

b 事業用車両の駐車場代 四万二〇〇〇円

ニ 利子割引料 六万六五七〇円

原告が事業用資金として碧海信用金庫豊明支店から借り入れた借入金について、昭和六〇年分の利息として支払った金額である。

ホ ガレージ製作費 四万三一〇〇円

ヘ 固定資産(軽自動車)の減価償却費

二一万〇六〇〇円

原告は、開業に先立って、運送業務に使用する軽自動車一台を組合を通じて九〇万六二二〇円で購入したが、このうち車両本体価格は七〇万二〇〇〇円であり、運送事業用車両の耐用年数は三年であるので、次のとおり定額法で計算したものである。

70万2000円×0.9÷3=21万0600円

ト 繰延資産の償却費 四万円

組合に対して支払った受取加入手数料二〇万円は同業者団体等の加入金として繰延資産であり、償却期間は五年である(所得税法施行令七条一項四号参照)ので、その五分の一に当たる四万円が昭和六〇年度の経費とされるべきである。

(三) 所得金額

原告の昭和六〇年度の総所得金額すなわち事業所得金額は、総収入金額五四一万九四九〇円から経費四三一万一四三〇円を差し引いた後の金額である一一〇万八〇六〇年を上回らない。

六  原告の主張に対する認否

いずれも争う。

七  原告の主張に対する被告の反論

1  税務署長のする調査は、そもそも納税義務者が果たして正当な納税義務を尽くしているかどうか、もし納税義務が果たされていないと認められるときには正当な課税標準がいくらであるかを判断するために行われるものであって、右目的を達成するためには、社会通念上相当と認められるものである限り、必要な事項についての調査を制限されるいわれはない。また、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当の限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、反面調査も、直接調査によって目的を達することができる場合であっても行い得るものである。また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別・具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではない。さらに、本件各処分が原告主張のようにいわゆる他事考慮に基づくか否かは、右処分の適法性とは無関係な事項というべきである。

2  類似同業者の住所、氏名等が明らかにされなくても、原告は、実額主張により推計課税そのものを争うことが可能であり、また、原告の個別・特殊事情を主張・立証することなどの方法で推計の合理性を争うこともできるのであるし、他方、右住所、氏名等を明らかにしないのは、納税者のプライバシーを保護するための守秘義務遵守の見地からされているものであるから、それが当事者間の公平や訴訟上の信義則に反するものではない。

3  実額の立証により推計を破ろうとする場合には、総収入金額及び必要経費並びにそれらの具体的発生原因事実を主張・立証しなければならないところ、本件のように被告課税庁が反面調査等によって把握し得た限りの収入金額を基礎数値として、これと対応した必要経費を同業者比率を使用して算出し、もって所得を算出している場合に、原告納税者側で必要経費のみを実額で主張・立証し、もって被告課税庁の主張する推計方法の合理性を争おうとするときは、原告は、被告課税庁の主張する収入金額がすべての取引先からのすべての収入金額であることを証明するか、又はその主張する実額の必要経費が被告課税庁の主張する収入金額と個別的に対応するものであることを証明しなければならないというべきである。しかしながら、被告が把握し得た原告の収入金額は金融機関への入金によって明らかとなった取引先に係るものに限定されており、原告の全収入ではあり得ないし、原告の主張する必要経費が被告(及び原告)の主張する収入金額と個別的に対応するものであることの立証はされていない。

4  必要経費を実額で主張する場合には、原告において、当該支出が単に必要経費に該当する主張するのみではなく、それが事業遂行上必要な経費に該当することを合理的に推認させるに足りる具体的立証をする必要があるところ、原告提出の種々の書証及び原告本人の供述はいずれも信憑性に欠けるものである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(本件各処分の経緯)の事実及び原告の昭和六〇年分の所得が事業所得のみであることは当事者間に争いがない。

そこで、以下、被告のした本件各処分に、原告の所得を過大に認定した違法があるか否かについて検討する。

二収入金額

原告の昭和六〇年分の総収入金額が五四一万九四九〇円を下回らないことについては、当事者間に争いがない。

三必要経費

1  推計について

被告は、原告の昭和六〇年分の必要経費については本件推計方法により推計して算出した旨主張するので、まず、その推計の必要性、合理性等について検討する。

(一)  推計の必要性

被告係官が昭和六一年一一月一四日及び同月二九日に原告方を訪れた事実は当事者間に争いがなく、右事実と証拠(証人朝岡忍、同後藤広美、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、昭和五九年一二月から赤帽なんぶ運送という商号で一般貨物自動車運送業を営む者であり、昭和六〇年分の所得税につき昭和六一年三月一三日に確定申告をした。これに対し、被告部下職員であった増田勉国税調査官(以下「増田調査官」という。)は、原告の申告に係る所得金額が他の同業者と比べて低かったことから、調査の必要があると考え、同年一一月一四日午後二時頃他の被告部下職員一名と共に原告方に赴いた。しかし、原告もその妻も不在であったため、増田調査官らは、原告方で留守番をしていた後藤広美に対し、原告の所得税の調査に来たこと、及び次回は一一月一九日の午前一〇時半頃訪れる予定であるので増田調査官に電話をしてほしいということを原告に伝えるよう頼んで辞去したところ、原告から増田調査官に対し、同月一七日の朝に電話で、同月一九日は都合が悪いので調査の日を同月二二日にしてほしい旨の連絡があり、増田調査官は、これを了承した。ところが、同日の朝になって増田調査官が原告に対して本日伺うがよいかという確認の電話をしたところ、原告が急に仕事が入って都合が悪いということで、調査予定日時は同月二九日の午前一〇時に変更された。

(2) 右予定日時に増田調査官が原告方を訪れたところ、原告は民主商工会事務局員村瀬某及び同会会員服部某を伴って面接に応じた。増田調査官は、昭和六〇年分の所得税の調査にきた旨を告げて原告から事業内容、開業年月日、従業員数、売上先、取引金融機関等の一般的な事業概況を聞いた後、帳簿、請求書、領収証等の確定申告の基になった資料の提示を求めたが、原告は、開業後間もないのに税務調査を受けること自体に不信感を感じ、税務署と協力的に対処するつもりがなかったことから、そのような資料は保存していない旨述べた上、開業して一年程しか経っていないのになぜ調査をするのかという抗議を繰り返し、右資料の提示に一切応じなかったため、それ以上の調査はできなかった。

その後、増田調査官は原告に対し、再三電話で税額算定の基礎となるべき資料の提示を求めたが、原告は、開業して一年程しか経っていないのになぜ調査をするのかと繰り返し述べ、右資料の提示に応じなかった。そこで、増田調査官が昭和六二年二月上旬頃組合及び碧海信用金庫豊明支店の反面調査を行ったところ、間もなく原告から増田調査官に電話があり、なぜ納税者に承諾も得ないで勝手に調査するのか、調査理由は何か、初めて申告したのになぜ調査するのかなどという苦情が述べられ、税務調査への協力は得られない状況であった。

(3) 増田調査官は、売上金額を右反面調査により一応実額で把握したが、必要経費の実額は把握できなかったため、特別経費については支払利息を前記信用金庫の調査で、また、給料と地代家賃は原告の申立てに基づいて計算し、一般経費については、原告の類似同業者で青色申告をしている者の経費率の平均値に基づいてこれを推計して事業所得金額を算出した上、原告に電話して右調査結果を説明すると同時に、それに沿う修正申告を勧めた。しかし、原告は、確定申告は良心的にした、税金を払う金がない、そのような所得金額には納得がいかない、勝手にしろなどと述べて修正申告をすることを拒んだため、被告は、同年三月五日、右調査結果に基づいて本件各処分を行った。

(4) なお、原告は、本件各処分に対する異議申立てについての調査の段階でも、被告部下職員朝岡忍が原告方を訪れて課税計算の基礎となるべき資料の提出を求めたのに対し、従前と同様の対応に終始した。

以上のとおり、被告は、原告に対して課税の基礎となる収支関係を明らかにし得る帳簿書類等の提示を求めたところ、原告が正当な理由なくこれを拒絶したので、反面調査を実施したが、結局必要経費の実額を把握することはできなかったのであるから、これについて推計をして課税する必要があったものと認めることができ、被告が必要経費を推計して原告の所得金額を算出したこと自体に違法はないというべきである。

ところで、原告は、被告の税務調査手続、課税の動機等の違法性等を理由に本件各処分が違法である旨主張するが、そもそも課税処分は、客観的な課税標準等の存在を根拠としてされるもので、かつ、課税標準等が認識された場合には必ずされなければならないものであるから、課税処分の先行手続にすぎない税務調査手続の適否等は課税処分の効力要件ではなく、課税処分の取消訴訟も客観的な課税標準等の存否を争うものであるから、右の主張は失当である。

なお、税務職員は、所得税法二三四条に基づき、諸般の事情を考慮して客観的な必要性があると判断される場合には、納税義務者、その取引先等に対し、質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を有するものであり、右質問検査の実施の細目については、右の質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解されるのであるから、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知も、法律上一律の要件とされているものではなく(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)、また、いわゆる反面調査が原告主張のように補充的なものであるということはできないと解するのが相当である。また、前記認定の税務調査の経緯によれば、原告は、増田調査官の再三の要請にかかわらず、税額算定の基礎となるべき資料の提示を拒んでいたのであるから、同調査官が反面調査によりその資料を収集せざるを得ないと判断したことは相当であって、その調査方法に非難されるべき点はない。

さらに、課税処分に係る所得金額が真実の所得金額を上回らないものであれば、納税者は右処分に係る税額を納付する義務があるのであるから、仮に、課税庁が他事考慮により課税処分をしたものであったとしても、当該処分が何らの調査をせず恣意的になされたものであるなどの特段の事情のない限り、直ちに課税処分自体が違法になるものではなく、本件においては右のような特段の事情は認められないのであるから、この点に関する原告の主張も失当である。

(二)  推計の合理性

本訴において、被告は、原告の収入金額を一応実額で把握し、これに類似同業者の経費率を乗じて必要経費を算出し、右収入金額から右必要経費を控除した金額を原告の所得金額として主張している。この本件推計方法は、原告の収入金額の実額に対応する必要経費を推計する方法であり、用いられる類似同業者の経費率が合理的なものであれば、合理性の高い推計方法ということができる。

そこで、被告の主張する類似同業者の経費率の合理性について検討するに、証拠(<書証番号略>、証人吉村章彦)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 名古屋国税局長は、熱田税務署長、昭和税務署長、中川税務署長、半田税務署長、刈谷税務署長、西尾税務署長及び岡崎税務署長に対し、昭和六三年九月二二日付で、「税務訴訟に関する資料の報告について」と題する一般通達(以下「本件通達」という。)を発し、組合を主な取引先としている一般貨物運送業を営む個人事業者で、昭和六〇年分の収入金額が二七〇万九七四五円以上一〇八三万八九八〇円以下であり、一般貨物運送事業を昭和五九年一月一日以降昭和六〇年四月三〇日以前に開業している者を抽出して報告するよう求めた。なお、本件通達により、右報告対象者は、青色申告の承認を受けて昭和六〇年分の所得税の確定申告について青色申告書を提出している者で、同年の中途において廃業、休業又は業態変更をした者並びに更正又は決定処分が行われて不服申立期間又は出訴期間を経過していない者及び不服申立て又は訴訟中の者以外の者に限定されていた。

右のような基準が設けられた理由は、収入金額については、実額で把握できた原告の昭和六〇年分の収入金額が五四一万九四九〇円であったので、その二分の一ないし二倍の範囲内としたものであり、そのほか、原告が組合に加入しており、昭和五九年一二月に開業している者であることから、これと同様の者を抽出しようとしたものである。

(2) 本件通達には、各税務署長の回答を記載すべき「同業者調査報告書」と題する別紙が添付され、そこには対象者の記号、収入金額、経費及び経費率の各欄が設けられており、その記載要領として、所得税青色申告決算書又は所得調査書に基づき、その最終処理額を記載することとされ、留意事項として、対象者の記号欄には、対象者の住所及び氏名に代えて「ア、イ、ウ、エ、オ……」の記号により記載すること、青色申告書を提出する者に特に認められている各種引当金、準備金及び専従者給与は必要経費に含めないことなどの具体的な注意が記載されていた。

(3) 本件通達を受けた各税務署長は、それぞれの部下職員をして調査させ、本件通達の条件を充足する業者を抽出させた。その抽出方法は、各税務署とも大体同様であり、具体的には、例えば、昭和税務署の場合、次のようなものであった。

すなわち、右作業を命じられた昭和税務署長部下職員で当時同署所得税第三部門において調査事務に従事していた吉村章彦は、まず、日本産業分類に準拠して業種別に管理されているうちの一般貨物運送業者である納税者(同税務署管内には約二五〇名の該当者があった。)の昭和六〇年分の青色申告決算書を見て、その中から収入金額が本件通達の基準に該当する者を抽出し、更にその中から組合に加入している者を抽出し、更に、その該当者の同年分及び昭和五九年分の青色申告決算書を見て、開業日が同基準に該当する者を抽出した。こうして抽出された三名の該当者の中から、年の中途で廃業、休業等をしている者を除外する作業をしたが、除外されるべき者はなかった。なお、組合に加入しているか否かは、原則として、青色申告決算書の一頁の屋号、加入団体名の記載によって判定し、収入金額が基準内にあるもので右記載のない者については、組合の組合員名簿を所持している名古屋国税局直税部訟務官室に電話で照会して確認した。また、開業年月日は、青色申告決算書三頁の減価償却費の計算欄の明細から判明する小型貨物自動車の取得時期等により判定し、途中の廃業、休業等の有無は、青色申告決算書一頁の損益計算書の計算期間、同二頁の月別売上(収入)金額及び仕入金額欄、専従者給与の内訳欄、給料賃金の内訳欄、同三頁の減価償却欄、元年中における特殊事情欄の各記載内容等により判定した。これらの作業は、いずれも機械的に行われた。また、吉村は、右作業を行う際、命じられた調査内容等から、それが推計課税に係る資料の収集であることは推測できたものの、具体的に誰のどのような事案に用いるために調査が命じられているのかということは知らなかった。

吉村は、このようにして三名の該当者を抽出し、昭和六三年一〇月三日付で、前記同業者調査報告書に右三名の業者の収入金額、必要経費、経費率等を記入し、作成者氏名欄に記名押印の上、これを右各業者の青色申告決算書の写しと共に、同署所得税第三部門統括官小林正吾を経由して同署所得税第一部門統括官梅村進に交付した。梅村統括官は、直ちに右報告書を右青色申告決算書の写しと対照して記載の正確性を確認し、検算者氏名印欄に記名押印して、昭和税務署長に提出し、同署長は、同日付でこれを名古屋国税局長に対して同局直税部調査官室経由で提出した。

(4) 右のようにして報告された類似同業者は合計八名(昭和税務署管内三名、熱田税務署管内、中川税務署管内、半田税務署管内、刈谷税務署管内及び西尾税務署管内各一名)であり、その総収入金額、必要経費及び経費率の内容は別紙三記載のとおりであった。

右認定の事実によれば、本件推計方法に類似同業者として用いられている業者は、いずれも、原告と同じく個人で組合に加入して一般貨物運送業を営み、住所が比較的近く、収入金額が近似し、開業時期が近接している者であるから、原告と事業規模、事業形態等が類似している同業者であると認めるに十分である。また、その抽出に当たり使用した資料は、いずれも帳簿書類の整っている青色申告者の決算報告書で、内容について納税者と各税務署長との間で争いのないものであるから、その信頼性ないし正確性は高いものということができる。さらに、抽出作業は恣意の入らない機械的な方法でされ、抽出された同業者の経費率算定の基礎となる数値の転記も正確に行われているということができる。したがって、被告の主張する類似同業者の経費率は合理的なものと認めることができる。

原告は、個々の類似同業者の経費率の内容を検討することなしに平均値をとって課税の根拠とすることには合理性がない旨主張するが、業者によって収入金額、必要経費及び経費率が異なるのは当然のことであるし、前記認定のとおり業種、営業規模等の類似性及び平均値算出過程の適正さに欠けるところがない以上、類似同業者として挙げられた各業者間に存する差異は、それが同業者間に通常存する程度のものを超える異常なものでない限り、平均値算出の過程で捨象することができるものというべきであるところ、本件推計方法において類似同業者として挙げられた八名の経費率は別紙三記載のとおり、最低0.3503、最高0.6120で平均0.5034というものであり、その差異が同業者間に通常存する程度のものを超える異常なものであることについては、これを認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は失当である。

また、原告は、本件推計が本訴提起後に類似同業者の抽出基準を改めてされたこと、類似同業者の住所、氏名等が秘匿されていることなどを挙げて、本件推計方法が恣意的なものであること等を主張するが、本件訴訟のように白色申告に係る所得税の更正処分等の効力を争う訴訟においては、最終的に問題となるのは当該処分の基礎とされた所得金額が証拠によって認定された原告の所得金額を上回らないものであるか否かということであるから、被告はその主張に係る課税標準につき処分後に収集した資料によってこれを立証することを妨げられるものではないし、また、税務職員は自己が職務上知り得た秘密を守ることが法令上義務付けられている(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)のであるから、類似同業者として収入金額及び必要経費を明示される業者の特定が可能になるような事項を秘密にすることはやむを得ないところである。また、いずれにしても、本件推計方法につき類似同業者の選択が恣意的に行われたものではないことは前記のとおりである。

以上のとおりであるから、被告が本件推計方法によって原告の昭和六〇年分の必要経費を推計し、同年分の総所得金額を算出したことには合理性があるものということができる。

2  実額の主張について

(一)  推計課税と実額課税とは互いに別個独立の課税処分ではなく、所得ないしそれを構成する収入金額及び必要経費を認識する際の資料ないし方法を異にするにすぎないと解すべきであるから、いずれにしても最終的に問題となるのは真実の所得金額がいくらであったかということであり、客観的に真実の所得金額により近い金額と認められる方が採用されるべきものである。そして、収入金額は実額により、かつ、必要経費は推計によって所得金額を算定してされた課税処分の取消訴訟においては、推計の必要性及び合理性を基礎付ける事実が立証されると、必要経費の額は右推計に係る金額であることが事実上推定されると解することができ、他方、原告の必要経費の実額の立証は右の事実上の推定を破るための間接反証であると解されるのであるから、原告主張の必要経費の実額が真実の必要経費により近いと認められれば、原則として、これを採用すべきものである。

しかしながら、必要経費のみを推計したといっても、それが収入金額に類似同業者の平均経費率を乗じるというように収入金額を前提とする方法で推計されたものであって、当該収入金額が反面調査により一応把握されたもので捕捉漏れがあると認められるような場合には、「少なくとも当該金額以上の収入があり、仮に右の把握できた限りの金額を収入金額とすれば、必要経費は推計した結果の金額となる」と主張されているにすぎず、当該収入金額は当該推計に係る必要経費と一体のものとして主張されているのであるから、原告が右必要経費のみを漏れなく実額で立証することにより当然に推計を破れるものということはできない。すなわち、もともと右のような推計課税は、収入金額に算入すべき金額に捕捉漏れがあるために当該収入金額が真実の収入金額より少ないとしても、当該収入金額を用いてこれに対応する必要経費を推計する(すなわち、真実の必要経費より少ない必要経費を推計する)ことにより、結果として真実に近い所得金額を算定しようとするものであって、そのように一体として主張されている収入金額及び必要経費のうち必要経費のみを原告が実額で漏れなく立証すると、収入金額に算入すべき金額に捕捉漏れがある場合には、所得金額が真実のそれに比し過少に認定されることになるのであるから、たとえ推計に係る必要経費よりも多額の必要経費の実額が立証されたとしても、その結果算定される所得金額が推計に係る経費を用いて算定した所得金額よりも真実の所得金額に近いと当然に認めることはできない。

そうであるとすると、実額反証によって本件各処分に係る必要経費の推計を破るためには、本件各処分に係る収入金額が真実のもの(すなわち、収入金額の全額)であることを立証するか、あるいは、実額主張に係る必要経費が本件各処分に係る収入金額に対応するものであることを立証することが必要というべきである。

(二)  これを本件についてみるに、証拠(証人朝岡忍、同後藤広美、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件各処分に係る収入金額は、被告が、組合に対して書面照会をして原告の組合に対する売上金額を把握し、次いで、原告の取引金融機関として把握し得た碧海信用金庫豊明支店及び東海銀行今池支店の原告名義の普通預金口座に小切手入金又は振込入金されたものにつき、小切手の振出人及び振込人を把握し、それらの者に対して反面調査を実施して原告のこれらの者に対する売上金額を把握したものであること、右調査の結果によれば、組合以外の取引先との取引の中には現金決済がされたものが少なくないこと、原告は、開業当初からチラシ、景品のミニカー等を配布するなど積極的に宣伝活動をし、昭和六〇年の後半頃からは、組合以外の顧客も増加していったこと、本件各処分に係る収入金額以外にも収入があることを認めることができ、右事実によれば、原告の昭和六〇年分の収入金額については、現金決済をした顧客等に関する売上げが漏れていることが推認され、本件各処分に係る収入金額は真実の収入金額より相当程度少ないものであると認めることができる。

また、本件全証拠によっても、原告主張の必要経費の金額が本件各処分に係る収入金額に対応するものであることを認めることはできない。

したがって、仮に、原告主張の必要経費の実額が推計に係る必要経費より真実の金額に近いものであったとしても、これを用いることにより当然に真実により近い所得金額を求めることができるとはいえないと解するのが相当である。

(三)  さらに、右の点をさておくとしても、原告の実額反証には少なくとも次のような問題点があり、これらの原告の昭和六〇年分の必要経費として認められないことが明らかなものの合計金額一七一万五六九九円を原告主張の必要経費四三一万一四三〇円から差し引くと二五九万五七三一円となり、既に被告主張の必要経費二七二万八一七二円を上回らないことが明らかであるから、いずれにしても、適切な間接反証ということはできない。

(1) 水光熱費等、電話代及び家賃合計三四万五九〇四円

原告は、原告とその妻及び息子が居住していた賃貸住宅における家賃、そこで使用したガス、水道、電気及び電話の料金につきいずれもその二分の一(電話代については七割)は事業用に使用したものであるとして経費に計上すべきである旨主張するが、原告の主張自体からも右のように解すべき合理的根拠は必ずしも明らかではない上、証拠(証人後藤広美、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の営業は、組合その他の取引先から注文を受けて荷物を配送するというものであるが、最大の取引先である組合からの仕事は、原則として、組合の事務所において待機して注文を受けるというシステムであり、原告が配送業務を現に行っているときはポケットベルで組合から原告を直接呼び出すというものであったこと、昭和六〇年には昼間原告方にいたのは、原告方から徒歩二、三分のところに住んでいた原告の長女後藤広美のみであり(ただし、後藤広美は同年二月八日に入院先の病院で長女麻衣を出産しており、退院後同年三月四日に同女が死亡するまでは同女も一緒であった。)、後藤広美は、原告方にかかってくる電話に出ることもあったが、原告方において、留守番、育児、ガスこんろ部品を製作する内職等をしていたこと、また、同女は、昼食は原告方にあるものを食べ、原告らのためにスーパーマーケットに食料品の買物に行っていたこと、そして、夫が勤務を終えて帰宅するのが午後九時頃であったので、原告方で母親らと共に夕食を取るというような生活をしていたことを認めることができ、これらの事実によれば、原告方の家賃並びにガス、水道、電気及び電話の料金は原告とその家族の生活のために支出されたものと認めるのが相当であり、その主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合に当たらないことは明らかである(所得税法四五条一項一号、所得税法施行令九六条一項参照)から、これらを原告の事業所得の計算上必要経費に算入することはできない。

(2) 接待交際費のうち四八万一二三〇円

原告主張の接待費五〇万円のうち、秋田屋酒店発行の赤帽なんぶ宛の領収書三枚(<書証番号略>)に係る合計一万八七七〇円分以外の部分については、領収書等が全く存在しないか、又はそれがあっても宛名がなく、いずれも原告の事業用に支出されたものと認めることができないものである。

(3) 広告宣伝費のうち一一万七九四〇円

原告主張の広告宣伝費一五万円のうち、<書証番号略>によって認められるミニカー(二万一〇六〇円)及び看板(一万一〇〇〇円)の作成費用以外のものについては、これが昭和六〇年中に支出されたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、<書証番号略>によれば、原告主張の行燈、チラシ及び名刺の作成費用は昭和六〇年より前に支出したものであることが認められる。

(4) 消耗品費のうち三万一九〇〇円

原告主張の消耗品費五万円のうち、<書証番号略>によって認められるポロシャツ二枚(五六〇〇円)及び伝票(一万二五〇〇円)の購入費合計一万八一〇〇円以外の部分については、これを原告の事業用に支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(5) 福利厚生費三〇万円

後藤広美に対する食事の経費については、原告の主張に沿うような証人後藤広美の証言及び原告本人の供述があるが、他方、前記(1)で認定したような後藤広美の生活状況に照らすと、たとえ原告主張のような原告から後藤広美への金員支払があったとしても、それはむしろ家事費の性質を有するもので、原告の事業所得の計算上必要経費に算入することはできない(所得税法四五条一項一号参照)というべきである。

(6) 車両維持費のうち二二万八九九五円

原告主張の車両維持費等合計九五万円については、ガソリン代等八〇万円のうち<書証番号略>によって認められる六四万〇三一五円を超える部分及び車両修繕費一五万円のうち<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によって認められる八万〇六九〇円を超える部分については、これを事業用に支出したことについての個別具体的な主張も立証もない。

(7) 旅費交通費のうち一五万〇五四〇円

原告主張の旅費交通費三〇万円のうち領収書等の個別的証拠があるのは一七万九三六〇円についてだけであり、その余の一二万〇六四〇円については原告の事業の必要経費として支出したことを認めるに足りる証拠はない。また、原告本人尋問の結果によれば、右領収書等の中には顧客に実費として請求できる往路の領収書が含まれていると認められるところ、東名高速道路、名神高速道路又は中央自動車道の愛知県以外の料金所で発行された領収書(<書証番号略>)に係るもの合計二万九九〇〇円分は、そのような往路のものと推認される。

(8) 外注費のうち五万九一九〇円

原告主張の外注費一五万円のうち<書証番号略>によって支出が認められる合計九万〇八一〇円以外の部分については、これを原告の事業用に支出したことを認めるに足りる証拠はない。

四所得金額

以上のとおりであるから、原告の昭和六〇年分の所得金額は、収入金額五四一万九四九〇円から必要経費二七二万八一七二円を差し引いた二六九万一三一八円と認めることができ、これを下回る二三三万円を原告の同年分の総所得金額と認定してされた本件各処分は、いずれも適法であるということができる。

五結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官杉原則彦 裁判官後藤博)

別紙 二売上金額一覧表<省略>

別紙五ないし八<省略>

別紙一

課税の経緯

(単位 円)

区分

年月日(昭和)

課税標準

税額

過少申告加算税

確定申告

六一、三、一三

一、一七六、〇〇〇

三五、〇〇〇

更正処分

六二、三、五

二、三三〇、〇〇〇

一七七、一〇〇

七、〇〇〇

異議申立て

六二、四、一五

一、一七六、〇〇〇

三五、〇〇〇

異議決定

六二、七、九

棄却

審査請求

六二、八、四

一、一七六、〇〇〇

三五、〇〇〇

審査裁決

六三、二、一二

棄却

別紙三

同業者比率表(昭和六〇年分)

税務署名

同業者

①総収入金額

②必要経費

③経費率 ②/①

熱田

七、〇五二、二三〇

二、四七〇、一三二

0.3503

昭和

一〇、一五一、九九三

五、八〇九、〇二五

0.5723

同右

九、〇八二、〇四〇

五、四四〇、四六七

0.5991

同右

四、五二一、〇四二

二、〇五八、九六二

0.4555

中川

四、一五一、七九〇

二、〇四一、六五三

0.4918

半田

六、一三二、四八二

二、八二一、八三八

0.4602

刈谷

六、〇二二、八一六

三、六八五、九〇三

0.612

西尾

六、五五四、五四三

三、一八五、一一七

0.486

平均

0.5034

(金額単位円、率は小数点以下五位を切り上げ)

別紙四

同業者の抽出基準

熱田税務署及びその近隣六署(昭和、中川、半田、刈谷、西尾及び岡崎の各税務署)の管内において、赤帽愛知県軽自動車運送協同組合を主な取引先としている一般貨物運送業を営む個人事業者で、次の(一)ないし(三)の条件すべてに該当する者。

(一) 所得税法一四三条(青色申告)の承認を受けて、右のいずれかの税務署長に対し、昭和六〇年分の所得税の確定申告について青色申告書を提出している者。

ただし、次の各号に該当する者は除く。

イ 年の中途において、廃業、休業又は業態変更をした者。

ロ 更正又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者及び不服申立て又は訴訟中の者。

(二) 昭和六〇年分の収入金額が次の範囲内(原告の昭和六〇年分の収入金額の二分の一以上二倍以下の範囲内)である者。

二七〇万九七四五円以上一〇八三万八九八〇円以下。

(三) 一般貨物運送業を昭和五九年一月一日以降昭和六〇年四月三〇日以前の間の時期において開業している者。

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